私の研究② 半導体って何?~その2【鹿児山陽平】

前回の記事はこちら
前回からだいぶ時間が空いてしました。博士論文関連でわちゃわちゃしていたのです。しかしそれも無事に終わって時間もできたので、引き続き「私の研究」についてお話をいたします。今年度中に話し切れるといいけれど。


半導体って何?


前回の記事では半導体とは何か説明するために2つの定義をご紹介しました。その定義とは「導体と絶縁体の中間の電気抵抗率を持つ物質」と「異なる原子を混ぜることによって電気抵抗率を変える物質」でした。それでは、今回は第3の定義である「バンドギャップを持つ物質」についてお話します。前回よりも少々難しいですが、頑張ってついてきてください。

  1. バンドギャップを持つ物質

さて、これまでの定義を説明する際に出てきた導体や絶縁体、原子などは比較的なじみのある物質だったかと思います。しかしこれからお話しする定義で出てくるバンドギャップには全くなじみのない方も多いでしょう。ですので、まずはこの単語が何を意味するかについて少々お話します。

バンドギャップは専門書では「電子がとることのできないエネルギー帯」などと表現されます。これを詳しく説明するには量子力学を紐解いて、基礎である「エネルギーはとびとびの値をとる」から始めて長い長い話をする必要があります。ですので、今回は省略します。代わりに簡単な定義をご紹介しましょう。
バンドギャップとは、結晶中における価電子と伝導電子がとるエネルギーの差です。伝導電子は前回の記事にも出てきた単語でしたね。物質中を動き回ることのできる電子のことです。それでは価電子とはなんでしょうか。

原子は原子核と複数の電子で構成されているのはご存知の通りです。複数の電子は原子核周りで“軌道”を描いて運動しています。価電子とはその複数の電子のうち原子核から最も離れた軌道にいる電子のことです。
たとえば、シリコン(Si)の原子核周りには14個の電子が軌道運動しています。そして、このうち4個の電子は原子核から最も離れた軌道を回っています。これが価電子です。
価電子は原子同士の結合に使われます。原子が複数結合したものは分子と呼ばれますね。そして、複数の原子が規則正しく並んで結合するとき、それは結晶と呼ばれます。半導体のほとんどは結晶です。そこで、価電子は結晶中、特に半導体中においては結合に使われる電子とも言えます。

それでは、さらにバンドギャップを言い換えてみましょう。価電子が原子をがっちりと結合する電子で、伝導電子が動き回る電子なのですから、バンドギャップとは「結晶中の固着した電子と動き回る電子のエネルギーの差」ということになります。今回はこれをバンドギャップの定義としておきましょう。
ちなみにこれは、バンドギャップに等しいエネルギーを得ることで価電子が伝導電子になることを意味しています。価電子にエネルギーを与える手段としては高温に加熱する、光を照射するなどがあります。

最後に、バンドギャップの単位について触れておきます。
バンドギャップはエネルギーであると説明しましたが、その数値を表すためにジュール(J)は使いません。エネルギーの単位にはほかにもカロリー(calあるいはkcal)やワット時(Wh)がありますが、バンドギャップにはエレクトロンボルト(あるいは電子ボルト、eV)という単位を使います
ジュールは仕事、カロリーは熱量、ワット時は電力を表すときに使われます。同じエネルギーでも複数の単位があるのは、場面に応じて使い分ける必要があるからです。エレクトロンボルトは電子のエネルギーを語るときに使われます。

次に定義を見てみましょう。1 Jは1 Nの力で1 mだけ仕事をするのに必要なエネルギー。1 calは1 gの水の温度を1℃上げるのに必要な熱エネルギー。1 Whは1 Wの電力を1時間使った時に消費されるエネルギーです。ジュールを基準にするとおおよそ1 cal = 4.18 J、1 Wh = 3600 Jです。
それでは1 eVは?これは電子1個が1 Vの電圧で加速されるときに得るエネルギーです。そして、1 eV = 1.6/10,000,000,000,000,000,000 J(0が19個)です。バンドギャップにこの単位が使われるということは、バンドギャップはとても小さなエネルギーなのですね。



以上でバンドギャップの説明を終わります。少々と言いつつ、かなり長かったですね。それでは、バンドギャップという指標を使って導体、半導体、絶縁体を比べていきましょう。

まず導体です。
前回、導体中の電子は接着剤(つまり価電子)でありながら伝導電子でもあるという不思議な性質を持っているとお話ししました。ゆえに、導体中の電子が価電子から伝導電子へ変わるために必要なエネルギーはゼロです。つまり、バンドギャップは0 eVです。

次に半導体です。
半導体ではドーピングしなければ伝導電子はほとんどないような状況でしたから、導体と違って価電子から伝導電子に変わるためにエネルギーが必要です。つまり、半導体にはバンドギャップが存在するのです。まずこれで、導体と半導体を区別することができました。

それでは絶縁体はどうでしょうか。
絶縁体も半導体と同様、価電子と伝導電子にはエネルギー差があり、バンドギャップが存在します。しかし、絶縁体では価電子が伝導電子になるために必要なエネルギーが大きすぎるのです。ゆえに、バンドギャップで分類する観点から言えば、絶縁体とはバンドギャップが大きすぎる物質を指すのです。

例を挙げて説明します。まずは半導体を見ていきましょう。
代表的な半導体であるシリコン(Si)やゲルマニウム(Ge)のバンドギャップはそれぞれ1.1 eVと0.7 eVです。また、2014年のノーベル物理学賞の受賞対象であった窒化ガリウム(GaN)のバンドギャップは3.4 eVです。GaNはSiよりも3倍近い大きなバンドギャップを持っているため、ワイドギャップ半導体と呼ばれることもあります。
それでは絶縁体はどうか。石英(SiO2)のバンドギャップは8 eVです。ワイドギャップ半導体であるGaNの2倍以上。ダイヤモンドよりも一回り大きい。驚異的な値です。価電子が伝導電子へ変化するのも一苦労ですね。

以上を踏まえてバンドギャップを定義に使うと、半導体とはバンドギャップが存在し、なおかつ大きすぎない物質と言えるでしょう。
しかしこの「大きすぎない」というのは具体的にどの程度を指すのでしょうか。SiO2の8 eVはダメですが、ダイヤモンドの5.5 eVならよいのでしょうか。
詳細な議論を耳にしたことはありませんが、具体的な境界などないはずです。ダイヤモンドを半導体に数えている理由はただひとつ。ドーピングが可能だからです。ですから、SiO2もドーピング可能と分かれば手のひらを反して半導体として活用することでしょう。たぶん。

ということで、バンドギャップは導体と半導体を区別するのには適しているようですが、絶縁体との区別に使うにはあいまいさが残るようです。しかし、実は半導体に特有の性質はバンドギャップに起因するものが多く、ゆえにバンドギャップがあれば半導体だ、という主張自体は全くの的外れでもないのです。
また、半導体同士で比較するときにはバンドギャップが非常に役立ちます。バンドギャップが大きな半導体をわざわざワイドギャップ半導体と呼ぶくらいですから。ワイドギャップ半導体としては、GaNのほかに3.3 eVの炭化ケイ素(SiC)、4.9 eVの酸化ガリウム(Ga2O3)、5.5 eVのダイヤモンドがあります。


これでバンドギャップを用いた半導体の定義を終了します。
しかしバンドギャップを説明するためにかなり厳密性を犠牲にしました…。意地の悪い専門家が見れば「熱平衡状態であることに触れないの?」「バンド理論を導入せずに『バンド』ギャップを語るのか」「導体のバンド図違くない?」「博士学生がボーアの原子模型を使うのはねえ…」などとお小言を言われそうです。うーん、コワイ!
前回と今回とで半導体とは何者なのか説明いたしました。次回は半導体の役割と半導体デバイスについてお話ししたいと思います。長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。




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最後に余談です。バンドギャップは光のエネルギーと関連があります
半導体や絶縁体には、自分のバンドギャップよりも高いエネルギーの光を吸収する特徴があります。吸収された光エネルギーは価電子を伝導電子にするために使われます。これが太陽光発電の原理です。また、逆に伝導電子が価電子になるときエネルギーを捨てるために光として放出します。これは発光ダイオード(LED)の原理です。

ここで、バンドギャップを光のエネルギーに変換してみましょう。
光のエネルギーは波長で決まります。1 eVは波長1240 nmの光で、これは近赤外線に当たります。3 eVは約400 nmで、紫の可視光に当たります。8 eVは150 nmで、遠紫外線です。3 eVといえばGaNがそのくらいのバンドギャップでしたね。GaNの研究は青色LEDの発明が理由でノーベル物理学賞を受賞しました。バンドギャップが3 eVもあるからこそ、GaNを用いたLEDは青く光ることができるのです
また、バンドギャップよりも小さなエネルギーは吸収せずに透過するので、バンドギャップが大きいほど多くの光を透過するようになります。SiやGeとGaNやGa2O3を「ウエハ」という単語を入れて画像検索してみると、バンドギャップが大きなものほど透過度が高くなる様子が見て取れると思います。